八千年時計・3 『万物を食む混沌』  アンリミテッド状態のジェドはこの場にいる誰よりも速かった。 自身の時を超加速させ、世界すら置き去りにする。 迫りくる触手達を切り捨て、魔法すらも弾き返し、 “万物を食む混沌”を翻弄していた。 「ヨフェル! どうにかもう一度、こいつのアビリティを停止させる!  その後はまた頼む!」  呆然としていたヨフェル達が正気に戻る。 「みんな、ジェドを援護するんだ!」 「援護と言いましても具体的にどうするのです!?」  ロゼルネがそう言うのも無理はなかった。 今のジェドは速すぎて援護が難しいのだ。 「恐らく、普通にやったのではアビリティ停止が効かないのでしょう。  現に兄さんが攻撃しても、アビリティが止まる気配はありません」 「そうなると、効く場所は顔だよね」  サラフィエは確信していた。 顔に空いている大穴が弱点であると。 敵がジェドを顔に近付けないようにしているのが証拠だ。 「っしゃあ! ジェドクンを顔へ行かせればいいンだろ!?  余裕じゃねェか!」 「陛下は出番が来るまで休んでて。  行くよ、ケイガ」 「へへ、ゲガント様を助けるためだ。  これこそ本来の役目だぜ!」  フェザックは愚直に漆黒の巨体へ斬りかかった。 ケイガは先ほどと同様、 メケノのギガント・プレッシャーに乗りながら風の刃を走らせる。 「ははっ! それでこそ、我のジェドじゃ!  アンリミテッド――アカシック・アイズ!」 「姫様! どさくさに紛れて何を言ってるの!?」  “万物を食む混沌”に呪いがかけられ、動きが鈍った。 そこをサラフィエのレディアントブライアで 光の剣をいくつも突き出し、触手を縫い止める。  フルートとロゼルネはジェドの背後に迫っていた顎を 斬り、弾いた。 「油断大敵ですよ、兄さん」 「あんなに恰好つけたのですから、  せめて最後まで格好良く決めてくださいまし」 「んじゃ、俺のピンチは任せた!」  そう言うとジェドは再び顔へ向かう。  残された二人は顔を見合わせ、やれやれとため息をつきながら戦闘に戻った。 「皆の者! 落ちるでないぞ!」  アンリミテッドを発動し、不死の鱗を纏った二足歩行の ドグルゼムが飛来する。 次の瞬間、爆発と共に“万物を食む混沌”がよろめく。 至近距離でのヴァニッシュ・ビュウが炸裂したが、 倒れるまではいかなかった。 だが、ジェドが移動する時間は稼げた。 「胸元まで来た。後少しだ!」 敵は焦ったのか、顔に魔力を集める。 ――モナーク・ハウルだ。 シルヴィレーヌのアンリミテッドで弱体化しているとはいえ、 その威力は凄まじいものだろう。 「アンリミテッド――フェイタル・ディジーズ!」  水色の泡のようなオーラが“万物を食む混沌”を包む。 バーソルによって不調にさせられた敵は、 不完全な衝撃波を放った。  ジェドは真正面から立ち向かう。 「デイブレイク・オーバロード!!」  全属性を宿した斬撃がモナーク・ハウルを断ち切る。  そして、ついに顔へ辿り着いた。  顔から魔法が放たれようとしたところ、 遠くから閃光が貫く。  シルヴィレーヌがしたり顔で残心していた。 彼女の神閃威導破が隙を作ったのだ。  アンリミテッドを解除し、剣を突き刺す。 「ストップアビリティ最大出力だぁぁ!」  途端、攻撃が止み、生命冒涜(プレイライフ)の顎も消えた。 ドグルゼムが近くへ寄って来る。 「皆の者、乗るがよい!」  全員彼の背に飛び乗り、“万物を食む混沌”から離れる。 「受け取れ、ヨフェル!」  ジェドからヨフェルへ千年時計が投げ渡された。  待っていたとばかりにアンリミテッドを発動させ、 ノア・エイネの輝きを強くする。  使うのはフォルス・トワイライトではない。 ヨフェルの心の強さを斬撃にする技だ。 元の世界でも彼は強い心を持っている。 だが、最愛のイデアが生きていて、 大切な仲間達が傍にいる彼は、どの時代よりも心が強い。 つまり、今、彼は最高の一撃を繰り出せる。 「セカンドアンリミテッド――ロード・オブ・アルカディアッ!!」  理想郷の王の剣が振り下ろされる。 フォルス・トワイライトほど派手な攻撃ではないが、 その威力は桁違いだった。 空間が歪むかと思うほどの衝撃が伝わり、 金色の光が敵を断ち切った。  “万物を食む混沌”の体が崩れ、金髪の男――ゲガントが落ちていく。 「メケノ!」 「分かった!」  岩盤から巨腕が発生し、ジェドを掴む。 そして、落ちるゲガントへ向けて全力で投げた。 「ゲガントォォ!!」  ゲガントを掴んだジェドは岩盤に剣を突き刺し、 勢いを殺してついには停止した。 「遅くなってごめん。  助けに来たぜ」  眠る親友は穏やかな表情だった。