八千年時計・5 『ジェド=タムロン=ジェインバード』 「へぇ、丁度良かったよ。  我も君に爵位を与えようと思っていたからさ」 「今までは貴方を縛り付けてはいけないと思っていましたが、  この世界に残ってくれるのでしたら遠慮なく受け取ってください」  ヴェイルアザンドの最上階、 床一面が空になっている謁見の間にて、 ジェドは国王ヨフェルと王妃イデアに呼ばれていた。 「君をジェインバード家に婿入りさせて、  公爵に上げれば無事解決だね」 「ちょ、公爵!?」  急に何を言い出すのだろうかこの放浪王は。 公爵とは爵位の第一位。つまり、滅茶苦茶偉い。 そう易々と与えていい立場ではない。 「ジェドさんが我が国に貢献してくれたものを考えると、  当然の結果ですよ」 「王の妹が嫁ぐ家なのだから公爵じゃないとね」  ジェドはシルヴィレーヌとサラフィエの告白を受け入れた。 それを国王夫妻に報告しに行くと、この対応である。軽すぎる。  ジェド本人に自覚がないだけで、彼は公爵では足りないほどの 偉業を成し遂げているのだ。 それはヨフェル達がよく理解している。 ジェドがいなければ、自分達はこうして夫婦にもなれなかっただろうから。 「みんな、君にどう報いろうか頭を悩ませていたんだよ。  公爵程度なら賛成済みさ」 「ちなみに、ヨフェル様の無茶の抑止力になってくれる事も  期待しているようですよ?」  臣下達は頭痛の種をジェドに任せる事に決めたようだ。 要は丸投げである。 「お、おう。よろしくお願いします」 「シルヴィレーヌとサラフィエをよろしくね。  二人の恋愛相談を聞き続けた甲斐があったなぁ」 「ゲガントとの戦いの後、どう既成事実を作ろうかと  相談されましたね」  不穏な言葉が聞こえたが、ジェドは気にしない事にした。 ――――――――――――――――――――――――――――――  謁見の間から出て、燭台が並ぶ青い床の通路を歩いていると、 フルートとロゼルネが反対側から近付いてくる。 「ご婚約おめでとうございます、兄さん。  姫様達が言い触らしていましたよ」 「ワタクシからもお祝いの言葉を。  貴方がこの国に残ると聞いて、枷が外れたのでしょうね」  特に驚きもせず、さも当然であるかのようにジェドを祝う。 この二人も相談を受けていたからだ。 「押し倒されてやられ放題だったよ」 「リードくらいしてあげなさい。  あの二人、攻めに弱いので面白くなりますわよ」  ロゼルネの助言にジェドが頭を抱える横で、 フルートがおどけた声音で言う。 「しかし、こうも身近な方々がご結婚するとなると  ワタシも焦ってしまいますねー」  焦っているようには見えない。 この自称紳士はモテる。それはもうモテる。 程良い高身長に危険な香り漂う整った顔立ち。 自身より背が高い美男子に兄さん呼ばわりされるジェドは如何に。 「よぉう、ジェドクン!  聞いたぜ、めでたいよなァ!」  弟達を連れたフェザックが曲がり角から姿を現した。 あの一件後、ビュア王国から家族を連れて来たのだ。 「これがジェドクン? 兄ちゃんがいつもお世話になっています」 「兄ちゃんのアイボーでしょ!?」 「これ、些細な物ですがどーぞー」 「僕達で作ったお菓子だよ!」  中々しっかりしている子達である。 フェザックよりまともなのではないか。 お菓子を受け取ったジェドは、フェザックに訊ねる。 「ゲガントは……お前をフェアネスアレフキメラにする時、  人間を混ぜなかったんだな」 「だろうなァ。  もしそのつもりなら、こいつらが犠牲になっていたはずだ」  お菓子を渡して得意気そうにしている家族達の頭を撫でまわしながら言う。 「最後の一線を踏み止まれたンだろうぜ。  あいつの家族やジェドクンがいたからなのかもしれねーぞ」  ゲガントに手を差し伸べる理解者がいた。 それだけで良かったのだ。 「貴方にしか為せなかった事です。  ジェド……パランシェイルへ来てくださり、  ワタクシ達と共に生きてくださってありがとうございます」  最初は冷たかったロゼルネも 今では大切な仲間だ。 ――――――――――――――――――――――――――――――  場所は変わって、王城の庭園。 透明なチェアに腰かけたジェドの前に、同じく透明な丸いデスクに 置かれたティーカップがある。  あの後、通りかかったバーソルから紅茶に誘われ、ここまで来た。 途中にいたメケノを拾い、三人でティータイムを満喫している。 「ジェド君が公爵様かぁ。  ジェド=ジェインバードになるんだよね?  タムロン姓は消えちゃうの?」 「ジェド=タムロン=ジェインバードになるらしいぞ。  まさか、セリナが起こした家に婿入りするとはな……」  魔封剣セイルラザーの使い手だった金髪の少女を思い浮かべながら、 感慨深くなる。 「ようやく結ばれたか。  姫様もサラフィエも何年も前からお前さんを好いておったぞ」 「え、そうなの?」  シルヴィレーヌは気付けばそうなっていた。 サラフィエに関しては、彼女とヨフェルを守りながら 魔獣メギドを倒した事が切っ掛けだろうと バーソルは考えていた。 「まあ、お前さんなら大丈夫じゃろう。  二人を幸せにできるはずじゃ」  ジェドの中で、ふと、元の世界の恩師の言葉が蘇る。 『君なら大丈夫だよ、ジェド君』  恩師ハルトは元の世界のバーソルだった。 自身を諭すのは、時代が違っても変わらないらしい。 変わらない彼の在り方に嬉しく思えた。 「そうだ、聞いてジェド君!  今度ケイガがビュア王国の使者として来るんだよ!」  メケノの弟はビュア王国に残った。 “天の境”はゲガントが最初に目指した理想を形にしようとしている。 別れ際の姉弟の抱擁を見ていたジェドは、 もう敵対する事はないと察していた。 「みんな、明るい未来を創ろうとしているんだよな」  世界が一丸となって進んでいく事実に嬉しく思うジェド。 そんな彼の背後から腕が伸びてくる。 「ジェード! 我を誘わぬとはひどいではないか!」 「アタシ達というものがありながら、  バーソルとメケメケに浮気しちゃって!」  この上なくご機嫌なシルヴィレーヌとサラフィエが ジェドの両肩に引っ付く。  部屋での行為を思い出し、赤面するジェド。 「あんなに奥手だったサラフィエが積極的になってる……!」 「おめでとうございます、姫様」  眼前に広がる桃色空間にメケノは 落ち着かない様子で、されど見入っている。  一方、バーソルは普段通りの対応である。 このお爺ちゃんは格が違った。  ――突如、空が暗くなる。 空を見上げると、魔王とその右腕が滞空していた。 「グハハハ! 祝いに来てやったぞ、ジェドよ!」 「ウェディングドレスは決まったのか?  是非とも見せてもらいたいのだが……」  庭園へ静かに下りる二体の黒竜。 ドグルゼムによる騒音レベルの声と、ウェディングドレス目的のガルグイユに 頬を引きつらせるジェド。  騒がしい日常が戻ってきた。 「ジェド君、今幸せ?  アタシ達は幸せだよ!」  満面の笑みで、ジェドの顔を覗き込むようにサラフィエが言う。 対するジェドも口元を緩める。 「ああ、最高に満たされているよ」  それを聞いたシルヴィレーヌは満足気に笑う。  元の世界とは異なる場所。 そこには確実に結末が変わった世界があった。 間違いなく、この“ジェド”の居場所は此処にある。 End