八千年時計・2 『時空破壊者』  ジェドは“傲慢”のアスールから譲り受けた 紫紺の刃を持つ剣“ディバインゼロ”を抜き、ゲガントに語り掛ける。 「久しぶりだな、ゲガント。  もっと早く来たかったんだが、こっちも忙しくてな」  最後に会ったのは、ゲガントがビュア王国を建てた後。 その時の彼は、まだジェドが知るゲガントだった。 「……なぜここにいるのだ?  汝はこの世界の人間ではないのであろう?  管理神ゼスリアの手で帰されているはずではないのか!?」  ゲガントが動揺している。 ヨフェル達が戦いで引き出せなかった一面だ。 「俺は、元の世界のジェド=タムロンを丸々コピーした存在だ。  俺の記憶や力は本物だけど、あっちには変わらず本物のジェド=タムロンがいる」  向こうの世界には、変わらずシエラの隣に自分がいる。 そう分かった時、ジェドは己が為すべき事を理解した。 「俺は、お前達がいるこの世界を選んだ。  “俺”自身の繋がりがある此処をな!」  ヨフェル達にその言葉が響く。 それは、彼への想いを抑えていた二人には より一層伝わった。 「ジェド君……お帰り……!」  サラフィエは目を潤ませながら微笑む。 シルヴィレーヌも彼の隣で顔を綻ばせていた。 「ふん、汝はパランシェイルで生きるのか。  ならば汝も敵だ!  朕はパランシェイル滅亡を基盤に、世界統一する!  朕が至高へ立ち、世界を救うのだ!」  ゲガントはジェドに己の目的を宣言する。 自分はお前の敵であると強調するかのように。 対するジェドの対応は軽かった。 「お、今度はどんな政策だ?  聞かせてくれよ。いつものお前の理想をさ」  何度も聞かされたゲガントの政治講座。 予備知識がないジェドに、決まって彼は理解しやすく説明してくれるのだ。 「朕が世界を統一する。  パランシェイル以外の各国に人形共を配置してある故、容易いだろう。  その後は朕が絶対なる法となり、同時に民衆から憎まれる悪となろう。  こうする事で秩序ある世界となり、不満は全て朕へ向く。  朕が力で全てを抑えつける事で完成する、世界の救済だ!  朕の寿命をアビリティの力で永遠に延ばせば、後継者問題も無くなるのだよ!」  現在の世界は、衰退から抜け出すため 各国で連携を取らなければならない。  しかし、どこも相手を出し抜く事ばかり考え、 達成されなかった。  自ら歩み寄ったゲガントが裏切られ続けた結果、 全てを支配する結論に至ったのだろう。  民衆の気持ちを考慮しないとか、やり方が過激だとか、 問題は多々存在するが、ジェドが重要視したのは別の要素だった。 「お前はどうなるんだ?  世界に憎まれ、永遠に孤独――それでいいのか?」  そう、この方法にはゲガント自身の幸せが含まれていない。 彼にもたらされるのは苦痛のみ。 「そのようなものを感じる心など、  生命冒涜(プレイライフ)に喰わせたわ。  朕は高みへ羽ばたくため、お荷物を捨てたのだ!」  ジェドへの情を感じるはずもない。 残るは、世界を喰らう欲望のみ。 「汝が来たところで状況は変わらぬ!  パランシェイルを滅ぼし、朕が神となる!」  触手がジェドへ向かう。 ジェドは時を加速させ、触手の上に乗り、 駆け抜けながら刃に雷属性を宿らせる。 「ぬぅっ!?」 「襲雷翔だ。見覚えあるだろ?」  雷の斬撃はゲガントの光の加護のアンリミテッドで防がれるが、。 続けて発動した魔法剣・光でアンリミテッドを切り裂き、 漆黒の巨体を傷つける。  数秒だが、ゲガントの動きが止まった。 時空流絶(フロウファインダー)による肉体停止だ。  その数秒で充分だった。 ゲガントの頭上へ飛んだジェドは全属性を剣に込め、解き放つ。 「デイブレイク・オーバーロード!!」  今まで出会った人達からの教えを吸収し、 全属性を扱えるようになったジェドだからこそ可能にした奥義。 それは魔神メギドに大打撃を与えたトヨフツ・アポカリプスを彷彿させる 全属性の輝きを放つ斬撃だった。 「ぬ、ぉぉぉっぉお!?」  ハバルク城に匹敵する巨体が倒れると同時に、 ジェドはヨフェル達の前へ着地した。 「みんな、力を貸してくれ。  あの馬鹿野郎を止める」  皆の答えは決まっていた。 「背中は任せろ、ジェドクンよォ!」  黒い相棒が背後に立つ。 「殺すんじゃなくて、止めるでいいんだよね?  それでこそ、ジェド君だよ!」  白い騎士が右に並ぶ。 「ジェドさん、ゲガント様を頼む」 「ジェド君なら大丈夫だよ、ケイガ。」  赤い騎士とその弟が前へ出る。 「すまぬ。ワシはイデア様を守りながら援護させてもらうぞ。  支援は任せよ」  元の世界でジェドの恩人である青い騎士が言う。 「やれやれ、兄さんはいつも無茶をする。  ワタシが頑張らないといけませんね」 「はぁ……陛下に似なくてよろしいのに。  でも、貴方には返しきれない恩がありますわ」  ジェドを兄と呼ぶ自称紳士と、自称淑女が構える。 「グハハハ! そちの思惑に付き合ってやろう!  感謝するのであるぞ!」  魔王が頭上で待機する。 「やはり、そなたがおらねば始まらぬな」  姫はジェドの左腕に密着する距離で並ぶ。 「千年時計を君に預ける。  強力な一撃が必要な時は、我に渡してくれ」  王がノア・エイネを持ち直す。  起き上がったゲガントはその光景を見て、激情を覚えた。 それは捨てたはずの感情である事に気付かないまま。 「お仲間ごっこか!?  ぬるい。ぬるすぎるぞ、パランシェイルゥゥゥゥ!!」  巨体から光の塊が吐き出されるが、 イデアが盾で防ぐ。 「まだ動けたか!? 守る事しかできぬ臆病者が!」 「それが私の役目です!  臆病者の私に構っている暇はあるのですか!?」  触手が土色の巨腕に引きちぎられると同時に、 風の刃がゲガントの全身を切り刻む。 「みんな、今だよ!」  メケノとケイガの攻撃で怯ませた隙に、 ジェド、ヨフェル、サラフィエ、フェザック、フルート、ロゼルネが 漆黒の巨体に乗る。  ゲガントはジェド達を触手や顎召喚、魔法で落とそうとするが、 どれも絶妙なコンビネーションで防がれるだけだった。 「なぜそこまで抗う!?  アビリティを蔓延させたところで、人類は変わらん!  また過ちを繰り返すだけだ!」  どれだけ便利な技術を手に入れても、行使する人間の本質は同じ。 確かにそうだろう。 だが―― 「それで……諦めてんじゃねぇ!  お前なら! その度に正せるだろうが!  こんな方法じゃなくても!  お前の優しさで世界を変えられるだろ!」  ジェドは覚えている。 アルデンタでのサミットの時、 船から落ちた自分を助けてくれた親友の優しさを。 ドレイク領で彼の優しさに魅かれ、集まった者達がいた事を。 「優しさでは何も変わらん!  そんなもの、無駄だ! 不要だ!」  拘束のアビリティによる黒い棘が降り注ぐが、 ジェドは空間を捻じ曲げて突破する。 「その無駄だと勘違いしているものこそが  お前の強さなんだよ!  まだ分からないのか!?」 「その結果が今の朕だ!  汝らを殺し、それを証明してみせよう!」  ゲガントの口元に魔力が集まる。 全てを消し飛ばすため、モナーク・ハウルを放った。  しかし、その衝撃はドグルゼムのブレス、 ロゼルネの紅色の障壁とイデアのエーリュシオンに軽減され、 ついにはジェドの空間歪曲によって逸らされた。 「なら、俺はお前を止める!  たった独りで世界を背負おうとしている友達をな!」  ――何かにヒビが入った。  理解できない。認められそうにない。 変わってしまったゲガントとは反して、 変わらない男がここにいた。 「神域でエリーさん達に言われたよ!  お前を助けてくれって!」  彼女達はゲガントに希望を見出した。 その礎となれるなら、喜んで命を差し出そうと。 だがそれは、世界を変えるためだけではない。 「エリーさん達は、お前が世界を変えて、  その上で幸せになる事を望んでいたんだ!」  世界の救済とゲガント本人の幸せ、 それこそが彼を愛した者達の願いだった。 「放っておけるわけないよな!?  目の前で親友が永遠の地獄へ行こうとしている。  だからさ、俺が引き上げてやる!」  外道へ身を堕とした友でも、ジェドは諦めない。 ゲガントは否定するかのように叫ぶ。 「愚かな!  朕は汝が知るゲガントではない!  見よ、この姿を! 朕が喰らった者達の成れの果てだ!  醜いであろう!?  人間すらも朕の餌に過ぎぬ!」  それでもジェドは見捨てなかった。 「人間の部分……随分と少ないな?  そんなにアビリティをたくさん持っているのなら  大量に喰ったはずだ。  お前……善人は喰わなかったんだろ?  神器だけを取り込んだじゃないのか?」 「何を勝手な妄想を……!」  事実、ゲガントはアビリティを悪用した人間しか喰わなかった。 最初は善人も糧にしようしたが、 その度に自身へ尊敬の眼差しを向ける男の顔を思い出してしまい、 行動に移せなかったのだ。 「たとえ、お前が全てを捨てたつもりでも、  そうはならない。  お前は悪に憤る激情家だ。  捨てたとしても、思い出は感情は再び芽生えるんだよ!  それこそがお前の強さの根本だからだ!  お前は、大切な人達のために世界を変えようと決心したんだろうが!」  目を背けていたものに気付いてしまった。 ゲガントを偽る仮面が砕ける。  癇癪を起こすかのように光の衝撃を四方八方に放つが、 シルヴィレーヌとバーソルによって撃ち落とされる。  そして、ついにジェドが顔へ到達し、剣を突き立てた。 「ストップアビリティ!」  ジェドがこの場にいる誰よりも長けているもの――アビリティの停止だ。 彼は千年時計をヨフェルに放り投げる。 「頼むぜ、ヨフェル!」 「頼まれた。  アンリミテッド――クロノス・パイオニア!」  続けてノア・エイネに魔力が集結する。  もはや邪魔するものはない。 今、全力の一撃が振り下ろされる。 「フォルス・トワイライトォ!!」  等属性の斬撃がゲガントを呑み込む。 漆黒の巨体から離れたジェド達は、 相手の様子を見守る。  微動だにしないゲガントだったが、 やがてぽつぽつと話す。 「……非道にならねばならない。  そのためには思い出も感情も邪魔だった……。  エリー達や君の顔が過ると止まってしまうんだ」  その声は、ジェドがよく知る親友のものだった。 「それでいいんだよ。  非道にならないといけないほど、  お前が追い詰められた時は俺に助けを求めろ。  必ず、助けに行くからさ」  全てが消えたと思っていた。 だから、思い出を捨てたのだ。  でも、だけど、自身に手を差し出してくれる存在が まだ残っていた。  ――突如、ゲガントの体が粘土のように蠢き始める。 「ゲガント!?」  生命冒涜(プレイライフ)はゲガントの思い出と感情を喰らい続けた。 力が感情を理解すれば、それはもう力ではない。 一つの存在だ。  アビリティは所有者の思いを独善的に理解し、 叶えようとしている。 「ジェド……。  君が友で良かった。  私は、とんでもない間違いを犯すところだった……」  触手がゲガントの顔を呑み込んでいく。 それでも、彼の声は穏やかだった。 「そんな君に頼みがある。  ――私を殺してくれ。  もはや、生命冒涜(プレイライフ)は私の手に負えない。  アビリティが私になろうとしているんだ」 「何を言っているんだよ……!」 「生命冒涜(プレイライフ)が私に代わり、  世界を手に入れようとするだろう。  いや、世界すらも取り込むのかな……?」  ゲガントの思いが強過ぎた故の結果だった。 だからこそ、彼は託す。 「世界を滅ぼすわけにはいかない。  それも私の手でだ」  ついに口元まで見えなくなる。 「君がいる世界を、私について来た者達がいるこの世界を  守ってくれ――」  顔が完全に覆われ、漆黒の巨体はさらに進化する。 触手の数がさらに増え、全体的に捉えれば 人型に見えるかもしれない。 しかし、顔があるべき場所には空洞があるのみ。  力が偽りの意思を以て降臨する。 元の世界で、“万物を食む混沌”と名付けられた存在が そこにはいた。  その姿は王都ハバルクの住人達にも見えていた。 見るだけで絶望を感じさせ、人々の戦意を削いでいく。  そんな中、やはりこの男は歩み出した。 「言っただろうが、エリーさん達に頼まれたって」  彼はヨフェルから千年時計を受け取り、決意する。 「見せてやるよ。  世界とお前、両方を選び取れるって事を」  独りで死んでいく男がいた。 善意を悪意として返され、 歪んだ末に自身も悪として終わろうとしていた。 それを許せない男がいる。それだけの話だった。  千年時計が光輝き、ジェドに力が満ちる。 「アンリミテッド――クロノス・デストロイヤー!!」  どこの世界でも彼は変わらない。 絶望し、心で泣いている誰かに手を差し伸べるのだ。 かつて、幼馴染がそうしてくれたように。 「待ってろよ、ゲガント。  ここからは――俺の流れだ」  元の世界で、希望となる言葉を放ったのだった。