八千年時計・4 『この世界で』  あの戦いから数か月後、 今日パランシェイルでは調印式が行われた。 ――六国同盟。  ようやく全ての国が手を取り合えたのだ。 なぜ急に上手く運んだのか疑問に思うだろう。 各国の無能な上層部の大半がゲガントの人形になっていたからだ。 生命冒涜(プレイライフ)が消えた今、新しい人員が補充されている。 世界を憂い、明るい未来を目指そうと思える人達だ。  あの一件後、ゲガントは姿を消した。 “天の境”が何も言わない事から、 世間では死んだ事になっている。  だけど、彼は今もどこかで前へ進んでいる。 別れ際の会話で、ジェドは確信していた。 『私はやり直してみようと思う。  いつか己を誇れるようになった時、君を訪ねてもいいだろうか……?』 『いいに決まってんだろ。  困った事があって、どうしようもなくなった時にも来いよ。  助けるからさ』  久しく見たゲガントの笑顔は、 曇りがない彼本来の表情だった。  ヴェイルアザンドの自室のベッドにて、 ジェドは横になっていた。 アンリミテッドの初使用で疲労がピークなのである。 「ぅおお……いてぇ……!」  “傲慢”のアスールとの戦いでアビリティが覚醒した時は、 これほどの辛さはなかった。 “万物を食む混沌”を倒した後、痛みで転げ回ったのが 記憶に新しい。最後まで締まらない男である。  帰国するまでシルヴィレーヌとサラフィエがやけに 甲斐甲斐しく世話をしてくれた事が気になるが、今は寝る。 思い出すと、二人の柔らかい感触が蘇って落ち着かなくなる。 ジェドは童貞だ純情なのだこれは当然の反応だ。 「悶々としてくれるなよ、スケベ」  ドアが開き、空気の読めない神様がお越しになった。 こいつは何しに来たのかと流し目で見る。 「見舞いに来ただけだ。  その様子なら大丈夫そうだな」 「これが大丈夫に見えるか……?」  この神様は堅物かと思いきや、 少し踏み込むと俗っぽい一面を披露してくれる。 いらない。 「シルヴィレーヌとサラフィエに  邪な感情を向けられるだけの余裕があるんだ。  心配ないだろう」  なぜ分かるのか。 神様には心を読む能力があっても変ではない。 いや、もしかするとこの神様も同類―― 「ヨフェルにバラすぞ」  そうなれば最後、城内でジェドがスケベ認定されてしまう。 神様ではなく、鬼だ悪魔だ。 「肉体の方は少し辛そうだが、  精神はそうでもないか。  こちらの世界に残った事で  悩んでいないか気になってな」  ――ジェドの動きが止まる。 そう、彼はこの世界を選んだ。 もう二度と家族や幼馴染に会えない事を覚悟して。 「すでにお前から元の世界の残滓が消えている。  どう足掻こうと戻れん」  改めて現実を突きつけるかのように神は言う。 ジェドは少々俯いていたが、やがて顔を上げる。 「いいんだ。  あっちは、あっちの俺がどうにかしてくれる」  彼が元の世界を見た時、ジェド=タムロンとシエラ=アーツ、 その仲間達が“無限大を司る終焉”を相手に戦っていた。 『俺は、不浄を照らす光になる!』  元の世界への帰還は、あちらの自分と同化するという事。 向こうはもう大丈夫だ。きっとシエラを幸せにできる。 この世界にいる自分は、別世界のジェドなのだ。 元の世界に限りなく似ているが、別世界だ。 異なる未来を目指しても問題はない。 仲間と共に歩むと決めた。  ジェドの返事を聞いて、神は満足気に頷く。 「そうか。  あいつらを選んでもらえた事、感謝する」  ゼスリアはもうここに用はないと言わんばかりに 外へ出ようとする。 「この世界はどうなるんだ?」 「それはお前達次第だ。  だが、俺には見える。  世界中が手を取り合い、共に“終焉”を乗り越える姿が」  いずれ、策に失敗した“大いなる終焉”が直接的に立ちはだかるだろう。 そして、ジェド達がそれすらも乗り越え、未来を創っていく事を 神は確信していた。  ゼスリアとほぼ入れ替わりで、シルヴィレーヌとサラフィエが入室する。 入るなり、彼女達はジェドを挟むようにベッドに腰かけた。 「体は大丈夫?」 「二人のおかげでな」 「ふふ、そうじゃろう?  こんな美女二人に世話をしてもらえるなど、  幸運じゃな」  そう言われて、二人の感触を思い出す。 急に恥ずかしくなったジェドは顔を赤くし、 顔を背ける。 「あれ、そんな反応されると、こっちも恥ずかしくなるんだけど……」 「う、うむ……」  いつもとは違うジェドの反応に戸惑う二人。 気不味い空気が流れ始めるが、それを断ち切るかのように シルヴィレーヌが上擦った声で訊ねる。 「そ、そういえばジェド。  本当に……元の世界へ帰らなくて良かったのか?」 「ゼスリアにも言われたけど、大丈夫。  “俺”の居場所はここだ」  中等部の頃にこの世界へ召喚され、もう10年近く経つ。 ヴェイルアザンドが実家になるのも当然だった。 「何より、お前達と一緒にいたかったからな」  その言葉に後悔はなかった。 二人は、改めてジェドが自分達を選んでくれた事を実感する。 もう、抑える必要はなくなった。 「でも、これからどうしよう。  正式に残るなら、ちゃんと立場を築かないと駄目だよな。  いつまでもヨフェルに甘えていられない」 「ジェド君」 「ん? 何だ、サラフィエ――」  サラフィエに顔を向けたジェドは唇に柔らかいものを感じた。 視界は、目を瞑る彼女の顔で埋め尽くされている。 両腕を背中に回され、彼女に包み込まれるような状態になっている事に気付く。 数秒だったが、体感数分に感じた口づけは サラフィエが下がる事で終わった。 「ファーストキスは姫様とだっけ?  セカンドキス……もらっちゃった」  普段は髪と相まってさらに白く見える彼女の肌は、 真っ赤に染まっていた。  一方ジェドは思考停止。 童貞がアンリミテッド状態である。  故障しているジェドだったが、突然押し倒された。 気付くと、シルヴィレーヌが馬乗りになり、 ジェドの唇を奪っていた。 それだけでは留まらず、互いの舌を絡ませていく。 耐性皆無のクソザコなジェドには刺激が強すぎる行為であるため、 何もできず、されるがままだった。 行為を終えたシルヴィレーヌは熱が乗った声で言う。 「我らがそなたの居場所を用意する。  じゃから、ずっと……我らの隣にいてくれ……」  顔の赤みが取れていないサラフィエが四つ這いになってジェドに近付く。 「アタシ達はあなたが好きです、ジェド君」  一度我慢を振り切った女性達は強かった。 「我らの全てを捧げる。  そなたの全てを我らに与えてくれぬか」  しばらく放心していたジェドだったが、 思考が回復すると現状を受け入れる。  彼の答えは決まっていた。